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zoom RSS たかが信号機。されど信号機。

<<   作成日時 : 2011/07/26 05:16   >>

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10年以上前にシリコンバレーの信号機はLEDになった

2002年だからいまから9年前、米国駐在から帰国したての頃、

ある全国紙に寄稿したことがある。

米国、とりわけシリコンバレーでは信号という信号はほとんどが電力消費が10分の1以下で、寿命も数十倍のLEDに置き換えられていると。

 その時点では東京のど真ん中でもあまりLEDの信号機は見かけなかった。

全く何気ない記事である。

LEDは指向性も強いので、

複雑な交差点ではほかの方向から来る車に見えないように帽子のつばのような覆いをする必要もない。

 寿命が長く、取り替えの手間が相当省ける、指向性が強くて便利。

日本も早くLEDに切り替えるべきではないのか。

そう9年前に書いた。

 ところが、この記事を処理した全国紙のデスクは猛烈な反発に遭ってしまった。

クレーム元は警察庁である。

「米国で信号がLEDにほとんど置き換わったというデータは手元にない。

何を根拠に書いているのか。エビデンスを示せ」と。

 エビデンスである。

エビデンス。

何でわざわざカタカナをお使いになるのかよく分からない。

その後、この言葉にも注目するようにしていたら、どうもお役人や御用学者と呼ばれる方々が自己防衛のために好んで使われるようである。

信号機を巡る巨大な利権構造

 しかし、世の中には統計が追いつかないほど動きが早いことも多い。

実際に目で見たことにノーとは言えない。

 なぜ、警察庁が「エビデンスを示せ」と全国紙デスクにけたたましいクレームをつけてきたのか。

「信号機の電球を取り替える」という利権があるからだ。

 白熱球はよく切れる。

信号機は安全に関わるので、切れてから交換というわけにはいかない。

そのため、寿命よりずっと前に交換作業が必要になる。

知られざる巨大な利権構造となっていた。

もちろん、そうした利権先には多数の天下りが日常的に行われていた。

 当時はいまのようにLEDが一般的でなかった。

その時、あるLEDメーカーの幹部が言っていた言葉を思い出す。

「日本で信号機の市場が本格的に開ければ、

LEDの普及と価格低下に弾みがつくのですが・・・」

日本は高い技術力と改善によるコスト低減を誇る国である。

たられば議論ではあるが、10年前にLEDを日本全国の信号機に一斉採用していたら、

いまの日本は景色(経済を含め)が大きく変わっていたのかもしれない。

イタリアの信号機はいまでも白熱球が中心

もっとも、あれから9年経った現在は、

東京の街も信号機がかなりLEDに置き換えられてきた。

しかし、23区内でも電球を使った信号機はまだよく見かける。

23区を出ればその頻度はますます高くなる。

裏を返せば節電が求められる日本で十分ではないということだ。

 国づくりや本気の節電よりも利権が大切ということなのだろう。

パフォーマンスよろしく役所内の蛍光灯をいくら消しても利権構造は痛むことがないわけだから。

 しかし、上には上があり下には下もある。

日本はそんなに捨てたものでもない。

イタリアではLEDの信号機にお目にかかることはない。

イタリア最大の商業都市ミラノですら、白熱球の信号機ばかりである。

 歴史的建造物の景観を守るために輝度の高いLEDは使いたくないのかもしれない。

しかし、郊外に出ても事情は同じなので、景観とは別の理由だろう。

ベルルスコーニ首相を見れば一目瞭然なように、

日本より利権が幅を利かせている国でもある。

 そのイタリア経済は、日本以上の危機に直面しているようだ。

いまEUはイタリア問題で揺れている。

たかが信号機。されど信号機。

意外に国家経営のバロメーターになっているのかもしれない。

**********************************************
ネット新聞

なんとなく見ていた信号機が、無駄な電気を食っている化物に見えてくる。

信号機を改善すれば、大きな節電につながるのではと思う。

なるほどぅ〜
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